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「人生に退屈してませんか?」 普通、こう問いかけられたらあなたは何と答えるだろう? YES? それとも、NO? これは、そんな質問を投げ掛ける、少女のお話。 トラブルサモナー 僕の名前は新宮平穏(にいみや・ひろお)という。オヤジは僕の人生が平穏無事であるようにと、こんな分かりやすい名前を付けたらしい。 オヤジの願いが叶ったのか、ただの偶然なのか。何はともあれ、僕は極めて平穏無事な生活を送ってきた。 平穏な学校生活、平穏な大学進学、大学生活ももちろん平穏そのもの。それどころか、このクソ不況のご時世にも関わらず、就職活動ですら平穏無事に終わってしまった。あ、会社の方も平穏無事。極端に優秀なわけでもないが、これといった失敗もせずに穏やかな社会生活を送っている。 これといった不満もない毎日。 ただ、唯一の欠点は……。 『退屈』な人生、という事だ。 「人生に退屈してませんか?」 国道沿いの四つ辻。僕の目の前に現れた少女は、出会うなりそう言った。不思議な少女だった。顔立ちはかなり可愛らしいが、国籍は不明。僕達のようなアジア系といえばそうなのかとも思うが、西洋人と言われればそうも見える。ハーフなのだろうか、目も覚めるような金髪は地毛か染めているのか分からない。服装の方も奇抜で、男物の大きなシルクハットをかぶり、裾まであるような長くて黒いマントを羽織っている。 そんな少女が、僕の目の前、10cmほど下から顔をのぞき込むように、そう言って来ているのだ。 「人生に……退屈?」 「ええ。『退屈』です」 そこまで言うと、少女は何かを思いだしたように身を翻すと、近くの花壇の上にひょいと飛び乗った。こちらにくるりと向き直り、一礼。 「あ、申し遅れました。わたくし、トラブルサモナーの白崎姫子(しらざき・ひめこ)と申します。お気軽に『姫子』、もしくは『姫』、とお呼び下さい」 僅かに傾いたシルクハットを軽く押さえながら、少女……姫子は下げていた頭を元に戻した。 「サモナー? バスターとかシーラーじゃなくって?」 「はい。間違いなく召喚者。サモナーです」 姫子の話を要約すると、こうなる。 トラブルバスターというのはもめ事を壊す仕事。 トラブルシーラーはもめ事を封印する仕事。 どちらも、起こるべき災いを『なかったことにする』仕事だ。 では、起こらなかった災いはどうなるのか? そのまま無かったことになるのだろうか。 答えは、否である。 物理学のエネルギー保存則と同じように、この世の災いにも総量というのが決まっている。起きた災いの分だけ減り、バスターによって『強制終了』させられたり、シーラーによって封じられたりすると、その分だけ『消費されない災い』は増えていく。 消費されない災いが増えすぎるとどうなるか。答えは、風船に空気を入れすぎるとどうなるか……考えるまでもない。 そこで出番となるのが、姫子達『トラブルサモナー』である……のだそうだ。 「もちろん、本格的な災いを起こすワケではありません。日々平穏で退屈な日常を送っている一般市民の方々に、適度な刺激を格安で提供する。まあ、ジェットコースターに乗るようなものと考えていただければ結構です」 なるほど。ジェットコースターに乗るようなもの……ね。 確かにわざわざあんな怖いモノに金払って乗るのもスリルを求めるためだしな……。 「それじゃ、ちょっと貰おうかな……」 この新宮平穏。退屈な人生を送っている事にかけては右に出る者はいないだろう……まあ、そんな事自慢にはならないか。 「はいっ。ありがとうございます!」 ぱっと表情を輝かせる姫子。嬉々としてかぶっていたシルクハットを脱ぎ、その中に片手を突っ込んで…………その動きを止めた。 「それで、おいくらほどお買いあげで?」 「ああ、量り売りなのね」 トラブルを量り売りするというのも何だか変な気がしたが、よく考えればトラブルバスターだって事件一件につき幾らの商売だ。まあ、知らない商売だしそういうものなのだろう。 「じゃ、とりあえずこれだけ……」 たまたま財布に入っていた全財産……諭吉一枚を取り出し、姫子に渡す。 「えー?」 途端に何やら不満そうな声を上げる、姫子。 「ん? 少なかった?」 起こった事件を解決するトラブルバスターは事件一件につき数十万から数万。そもそも事件を起こさないシーラーであれば、ヘタすれば一件につき数千万単位の金が動くという。 サモナーの相場は知らないが、それでも万単位を下ることはあるまい、と思ったのだ。 「いや、少なくはないですけど……いいんですか?」 「ならいいよ。早く頂戴よ。今日は友達と飲みに行く約束があるんだ」 そして、僕は『一万円分のトラブル』を売ってもらった。 「あの、主任」 「ん?」 主任と呼ばれたオカメ面をかぶった男は、姫子の声に乗り気でない返事を返した。彼が神経を集中させているのは姫子の言葉ではなく、目の前の競馬新聞だ。 「今日、一万円分のトラブルを召喚したんですが……」 「君の『パンドラ』、そんなに大きなトラブルって入ってたの?」 姫子の厄災管理箱『パンドラ』は大きなシルクハット。 関係ないが、トラブルを入れる媒体に『パンドラ』の銘を穿つのはサモナーの慣習となっている。原典はあの有名な、アレだ。 「こないだ、金田の姉さんから大きな厄災もらったんですよ。タダで」 需要があるからには供給がある。この場合の供給源は、トラブルシーラー。サモナーはシーラーが封印したトラブルをタダ同然で買い、売る。シーラー側も封印したトラブルは廃棄物同然なので、いくら安く下取っても文句が出ることはない。極端な話、トラブルの種類に場合によってはシーラー側がサモナーに回収料を払うこともあるくらいだ。 「そっか……一万円分ねぇ……。そりゃまた豪気なお客さんだね」 それだけあったら何回ジェットコースターに乗れるだろうねぇ、とか何とかテキトウな事を言いながら、競馬新聞のめぼしい欄に丸印やら×印やらを書き込んでいく主任。 「私、良かったんでしょうか?」 「いいんじゃない? 別に」 ばさばさとページをめくり、オカメ男。それと同時に彼が競馬新聞に挟んで持っていた紙が新聞の束縛を離れ、姫子の足下にはらり、と落ちる。A4一面にびっしりと数値のようなモノが書いてあるところを見ると、どうやら株価か何かの表らしい。姫子はシルクハットが落ちないようにその紙を拾い、慣れた様子で上の方からだーっと流し読みを始める。 「あった。人生の大波乱(十年分)……封5000召1……か。相変わらず極端な相場ですね……」 拾った紙に書いてあったのは、本日のトラブル相場表。 基本単位はもちろん、『諭吉(人)』だ。 「ま、サモナーのトラブルじゃ死にゃぁしないから大丈夫だろうよ。何せ、ボクらは呪い屋じゃないからね」 何も知らずに人生の大波乱(十年分)を購入した男、新宮平穏。 彼のこれからの波瀾の運命がどうなるのかは……誰も知らない。 死なないことだけは確かだけれど。 J文時代の小説。 ファンタジーっぽいのめざしたつもり(撃沈)。 05' 1/6UP |